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熊本地方裁判所 昭和47年(ワ)365号 判決

原告

山内葉月

被告

岩村大亀

ほか一名

主文

一  被告等は、原告に対し各自金五三万二六九二円およびこれに対する内金四八万二六九二円につき昭和四四年八月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告等に対するその余の請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の、その三を被告等(ただし被告等間では平等負担)の、各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

1  被告等は、原告に対し各自金八八万九〇〇〇円およびこれに対する内金七八万九〇〇〇円につき昭和四四年八月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告等の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告等

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求原因

1  本件事故

(一) 発生日時 昭和四四年八月八日午前七時四五分頃。

(二) 発生場所 熊本市黒髪町宇留毛六二六番地先国道五七号線横断歩道上。

(三) 加害(被告)車 被告村中運転の自動二輪車。

(四) 被害者 歩行していた原告

(五) 事故の態様 本件加害車は、右国道五七号線上を黒髪町方面から大津町方面へ向け時速約五〇キロメートルで進行中、本件事故現場である横断歩道上において、歩行していた原告と衝突し、原告を路上に転倒させた。

(六) 被害状況 原告は、本件事故により、後頭部打撲症(血腫形成)および後頭部亀裂骨折、脳振盪症兼脳圧亢進症、右前腕肘関節部打撲症兼擦過創、右下腿打撲症擦過創、右足関節足背打撲症、外傷性シヨツク、大後頭三区神経痛の傷害を受けた。

2  責任原因

(一) 被告岩村

(1) 民法第七一五条

(イ) 被告村中は、本件事故当時建設業を営む被告岩村に大工見習として使用されており、本件事故当時はその業務のため被告岩村宅から建築現場へ移行中であつた。

(ロ) 被告村中は、次の過失により、本件事故を惹起した。

被告村中は、前記のとおり本件事故現場へさしかかつた際、自車前方の本件横断歩道上を折から左方より右方へ横断中の原告をその手前約三〇メートルの地点で認めたが、かかる場合自動二輪車の運転者としては、自車を徐行させまたは一時停止して歩行者の横断を妨げてはならない注意義務があるにもかかわらず、被告村中は、右注意義務を怠り、原告の前方を通過できると軽信し同一速度のままで自車を進行せしめた過失。

(ハ) よつて、被告岩村は、民法第七一五条により原告の本件損害を賠償する責任がある。

(2) 重畳的債務引受

(イ) 被告岩村は、その実子である訴外岩村久捷に対し、本件事故について右被告を代理して所謂示談をする権限を授与し、右久捷において、昭和四四年一二月一二日、原告の代理人訴外山内正人との間で、被告岩村も被告村中と連帯して原告の本件損害を賠償する責任を負う旨の約定をし、所謂重畳的債務引受契約を締結したものである。

(ロ) 仮に被告岩村において、右岩村久捷に対し右代理権限を授与しなかつたとしても、被告岩村は、かねてより、右久捷に対し事故処理その他営業上の事務処理につき包括的代理権を授与していたものであり、右久捷は、本件事故においても被告岩村の代理人として前記重畳的債務引受契約を締結したものである。しかして、前記山内正人としても被告岩村と右久捷の身分関係、右久捷の言動からして、右久捷は被告岩村の代理人と信じて右契約を締結したものである。よつて、被告岩村は民法第一一〇条により右重畳的債務引受契約に基づく責任を負うべきである。

(二) 被告村中

右被告は、本件加害車の所有者である。よつて自賠法第三条により原告の本件損害を賠償する責任がある。

3  原告の本件損害

(一) 治療費 金四万六七八二円

原告は、本件受傷治療のため熊本市所在川久保外科医院へ、昭和四四年八月八日から同年九月七日まで三一日間入院し、同月八日から同年一二月八日まで通院(実治療日数二日)し、治療費として金四万五三七五円を要した。また原告は熊本大学医学部附属病院で治療を受けその費用として金一四〇七円を支出した。よつて、右治療費の合計は金四万六七八二円となる。

(二) 付添看護費 金二万四八〇〇円

原告は、前記のとおり三一日間入院したが、その間医師の指示により原告の母山内陵子が原告に付添つて看護にあたつた。右付添看護費は一日あたり金八〇〇円が相当であるから、その合計は金二万四八〇〇円となる。

(三) 入院雑費 金七七五〇円

原告は、前記のとおり三一日間入院し、その間一日あたり金二五〇円の割合による雑費を支出した。右雑費合計は金七七五〇円である。

(四) 退院および通院交通費 金二四〇〇円

原告は、前記退院および通院のための交通費としてタクシー代合計金二四〇〇円を支出した。

(五) 逸失利益 金四三万五〇〇〇円

(1) 夏期実習兼アルバイト料 金一万五〇〇〇円

原告は、熊本大学医学部附属看護学校を卒業し、本件事故当時同大学医学部附属助産婦学校に在学中であつたが、本件事故による受傷のため夏期実習兼アルバイトに就き得ず、その一五日分一日あたり金一〇〇〇円の収入を失つた。

(2) 後遺障害による逸失利益 金四二万円

原告には、本件受傷により頭部外傷後神経症、大後頭三叉神経症候群の障害、局部に頑固な神経症状を残すという内容の後遺障害が残存し、右後遺障害は、その障害等級第一二級に該当する。原告は右後遺障害による脳波不安定のため助産婦への就職が不可能となり、やむなく他に就職した。原告はこれにより右助産婦として得べかりし収入と現に就職した職業による収入の差額を失つた。右差額は、昭和四五年四月より三カ年分金四二万円である。

(六) 慰藉料 金七五万円

(1) 原告は、前記のとおり三一日間入院し九〇日間(実治療日数二日)通院した。よつて右入、通院による精神的苦痛を慰藉するには金二五万円が相当である。

(2) 原告にその障害等級第一二級に該当する後遺障害が残存することは前記のとおりである。よつて、右後遺障害による精神的苦痛を慰藉するには、金五〇万円が相当である。

(3) 原告の本件慰藉料の合計額は金七五万円である。

(七) 以上、原告の本件損害額の合計は金一二六万六七三二円である。

4  損害の填補 金四七万七六三四円

原告は、本件事故後自賠責保険金四七万七六三四円を受領したので、右受領金四七万七六三四円を前記損害額金一二六万六七三二円から控除する。右控除後の金額は、金七八万九〇九八円である。

5  弁護士費用 金一〇万円

原告は、被告等において本件損害の賠償を任意に履行しないため、弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任し、その際弁護士費用金一〇万円を支払う旨約した。右弁護士費用も本件損害である。

6  よつて、原告は、本訴により、被告等に対し各自本件損害金八八万九〇〇〇円およびこれに対する弁護士費用金一〇万円を除いた内金七八万九〇〇〇円につき本件事故の翌日である昭和四四年八月九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるものである。

二  請求原因に対する被告等の答弁および抗弁

1  答弁

請求原因1の各事実はすべて認める。同2、(一)、(1)の事実はすべて否認。被告村中が本件横断道路の手前三〇メートルの地点で原告を認めた時原告はまだ横断を開始しておらず、道路左側端に立つて被告村中の方を見ていた。右被告が更に右横断道路から一〇メートルの地点まで進出した時、原告が反対方向(大津町方面)を見ながら、急に横断を始めたため、右被告は危険を感じ急制動をかけたが間に合わず、本件事故が発生したのである。同2、(一)、(2)の事実はすべて否認。同2、(二)の事実は認める。同3、(五)、(1)の事実中原告の経歴は認めるが、右3のその余の事実はすべて不知。同4の事実中原告が自賠責保険金三一万円を受領したことは認めるが、その余の事実は不知。同5の事実は不知。同6の主張は争う。

2  抗弁

本件事故発生までの経緯については右1における被告村中の過失に対する答弁で述べたとおりである。本件のような場合、原告は横断するに際し、左右の車両等の安全を確認して横断を開始すべきであるにもかかわらず、原告は本件自動二輪車がその直前一〇メートルの地点にまで接近しているのにその安全を確認せず横断を開始した過失により本件事故を惹起した。右のとおり本件事故の発生には原告の過失も寄与しているのであるから、右過失は本件損害額の算定にあたり斟酌すべきである。

三  抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実はすべて否認。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因1の事実はすべて当事者間に争いがない。

二  被告等の責任原因について

1  被告岩村について

(一)  民法第七一五条による責任原因について

(1) 被告村中が本件事故当時被告岩村の従業員であつたことは本件全証拠によるもこれを認めるにいたらない。

〔証拠略〕によれば、被告村中は、本件事故当時被告岩村とは独立して大工業を営んでいた被告岩村の実子岩村繁治に雇用されていたことが認められる。

(2) よつて、原告の被告岩村に対する民法第七一五条に基づく帰責の主張は、右説示の点で既に理由がなく、同条所定のその余の要件事実につき判断を加えるまでもない。

(二)  所謂重畳的債務引受契約による責任原因について

(1) 被告岩村がその実子である訴外岩村久捷(敏)に対し本件事故について右被告を代理して所謂示談する権限を授与したとの事実は、本件全証拠によるもこれを認めるにいたらない。よつて、原告の、被告岩村が右久捷(敏)を代理人として本件重畳的債務引受契約を締結したとの主張は、その余の主張事実を判断するまでもなく、右説示の点で既に理由がない。

(2)(イ) 〔証拠略〕を総合すると次の各事実が認められる。

(ⅰ) 訴外岩村久捷(敏)は、被告岩村の実子であり、右被告の個人経営にかかる岩村工務店に勤務しているものであるが、右被告は、右久捷(敏)が車両の運転技術を持ち交通法規にも通暁しているところから、右工務店で使用している車両の交通事故について右被告の名をもつて事後処理をなすべき権限をすべて右久捷(敏)に委ねているものである。

(ⅱ) 右久捷(敏)は、被告村中が右久捷(敏)の兄繁治に雇用されていた関係上右被告の友人となつたが、昭和四四年一二月一二日右被告の依頼で同人と同道し原告方を訪ねたところ、その際、原告の代理人山内正人との間で原告の本件事故による損害について示談のための話合いとなつた。右話合いの結果、右久捷(敏)は、被告岩村から本件事故について特段右被告の名で事後処理をなすべき権限を授与されていなかつたにもかかわらず、右被告の代理人として、右山内正人との間で、被告岩村も被告村中とならんで原告の本件損害について責任を負担する旨の契約を締結し、その趣旨を記載した文書(誓約書と題する書面、甲第一七号証)を作成したものである。

(ⅲ) 右山内正人は、右久捷(敏)が本件事故当日入院先に原告を見舞つたことから右久捷(敏)と面識があつた。右文書作成の当日も、右久捷(敏)は、陳謝のため原告方を訪ねた被告村中と同伴し右山内等にとつて本件事故の謝罪と今後の対策のため来訪したと受取られる言動を示し、前記示談のための話合いとなつた際にも、右山内に対し、自分の所にも数台の父大亀名義車両がありよく事故を起すが自分は事故係として右大亀の依頼でその事後処理にあたつている旨、そして、右文書の作成にあたつても、自分が責任をもつて父大亀名義で署名押印する、自分は右大亀の印章を常時携帯している旨、それぞれ申述した。右山内としても、右久捷(敏)の右一連の言動から、右久捷(敏)が被告岩村の代理人であると信じたのである。

(ロ) 〔証拠略〕および被告岩村本人の供述部分は、前掲証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(ハ) 右認定事実に基づけば、前記岩村久捷(敏)は権限を踰越して被告岩村の代理人として本件重畳的債務引受契約を原告の代理人山内正人と締結したものであり、右山内において右久捷(敏)を被告岩村の正当な代理人と信ずべき正当な理由があつたというほかはない。よつて、被告岩村は民法第一一〇条に基づき本件重畳的債務引受契約の効果を受け、被告村中と連帯して原告の本件損害を賠償する責任があるというべきである。

2  被告村中について

(一)  右被告が本件被告車の所有者であることは当事者間に争いがない。

(二)  よつて、右事実により、右被告は自賠法第三条により原告の本件損害を賠償する責任があるというべきである。

三  原告の本件損害について

1  治療費 金四万六二七六円

(一)  〔証拠略〕を総合すると次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 原告は、本件受傷治療のため熊本市所在川久保外科医院へ昭和四四年八月八日から同年九月七日まで三一日間入院し同月八日から同年一二月八日まで通院(実治療日数二日)し、右一二月八日症状固定したものであるところ、右治療費として金四万五三七五円を要したものである。

(2) 原告は、右川久保外科医院における治療のほか熊本大学医学部附属病院でも本件受傷の治療を受け、その費用金九〇一円を要した。なお、原告は右附属病院の治療費として金一四〇七円を主張するが、右認定金額を超える分はいずれも原告の本件症状固定時である前記昭和四四年一二月八日以後の治療費であり、本件事故と相当因果関係に立つとは認め難い。

(二)  よつて、右治療費の合計は金四万六二七六円となる。

2  付添看護費 金二万四八〇〇円

(一)  原告が三一日間入院したことは前記認定のとおりである。

(二)  〔証拠略〕を総合すると、原告の右三一日の入院期間中医師の指示により原告の母山内陵子が原告の付添看護にあたつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三)  右付添看護費は原告の主張するところにしたがい一日あたり金八〇〇円と認めるのが相当である。

(四)  よつて、本件付添看護費の合計は金二万四八〇〇円となる。

3  入院雑費 金七七五〇円

(一)  原告が三一日間入院したことは前記認定のとおりである。

(二)  原告が右入院期間中雑費を支出したことは公知の事実であるところ、右雑費の一日あたりの金額は原告の主張するところにしたがい金二五〇円と認めるのが相当である。

(三)  よつて、本件入院雑費の合計は金七七五〇円となる。

4  退院および通院交通費 金一五〇〇円

(一)  〔証拠略〕を総合すると、原告は前記川久保外科医院から退院し自宅の所在する玉名市まで帰宅するにつき、入院のため必要であつた品物とともにタクシーに乗車しその費用として金一五〇〇円支出したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。前記当事者間に争いのない原告の本件受傷の部位、前記認定にかかる入院期間、その期間付添看護を要したとの点、右認定にかかる入院した病院と自宅の位置関係等を総合すると、右タクシー代は本件事故と相当因果関係に立つ損害というべきである。

(二)  原告は本件交通費として金二四〇〇円を主張するが、右認定金額を超える部分については、その金額が本件事故と相当因果関係に立つことを基礎付ける事実の主張がない。よつて、右認定金額を超える金額についての本訴請求部分は理由がないというほかはない。

5  逸失利益 金四二万円

(一)  原告が熊本大学医学部附属看護学校を卒業し本件事故当時同大学医学部附属助産婦学校に在学中であつたこと、は当事者間に争いがない。

(二)  原告は、夏期実習兼アルバイト料金一万五〇〇〇円の逸失利益を主張するが、右逸失利益と本件事故との間の相当因果関係を基礎付ける事実の主張がない。よつて右逸失利益が本件事故の通常損害であるかにつき判断し得ず、したがつてまた右請求部分に理由があるとは認めることができない。

(三)(1)  〔証拠略〕を総合すると次の各事実が認められその認定を覆えすに足りる証拠はない。

(イ) 原告には、本件受傷により頭部外傷後神経症、大後頭三又神経症候群、頭重感の持続(特に曇天雨天時増強)、不定の頭痛眩暈悪心、軽度の記憶障害等の後遺障害が残存し、右後遺障害はその障害等級第一二級に該当する。

(ロ) 原告は、他の同級生一九名とともに前記学校を昭和四五年三月六日卒業し、福岡市および小倉市に所在する逓信病院に就職すべく受験したが、いずれも不合格であつた。原告としては、右不合格の理由として、本件後遺障害が助産婦業務に支障を来すためとしか考えられない。ちなみに、昭和四五年三月一六日付熊本大学医学部附属病院脳神経外科医師の診断は原告に軽度の脳波異常を認めるというものであつた。ところが他方原告以外の卒業生一九名はすべてその志望する病院へ助産婦として就職し、原告と右学校へ在学中の成績が同等の同級生も熊本市所在熊本逓信病院へ動務することとなつた。原告は、右のとおり病院への就職はできなかつたものの助産婦の資格を有するところから、前記助産婦学校の紹介で昭和四五年四月から上益城郡医師会附属准看護学院へ教務として勤務し、昭和四六年四月からは玉名市所在玉名白梅学園の衛生看護科助教諭として勤務するようになつたものである。

(ハ) しかして、原告の昭和四五年四月から同四七年三月までの収入(給与所得控除後の分)と熊本逓信病院へ勤務した原告のかつての同級生の収入(右同)の差額は金八一万一二〇〇円である。

(2)  右認定に基づけば、原告は本件後遺障害により原告主張のとおり少くとも金四二万円の逸失利益の損害を受けたものといわざるを得ない。

6  慰藉料 金四六万円

(一)  原告が本件受傷治療のため三一日間入院し実治療日数二日通院したことは前記認定のとおりである。よつて、原告の右入、通院による精神的苦痛を慰藉するには金一五万円が相当である。

(二)  原告にその障害等級第一二級に該当する後遺障害が残存することは前記認定のとおりである。よつて、原告の右後遺障害による精神的苦痛を慰藉するには金三一万円が相当である。

(三)  そこで、原告の本件慰藉料の合計は金四六万円となる。

7  以上認定したところからすると、原告の本件損害額の合計は金九六万〇三二六円となる。

四  過失相殺の抗弁について

1  〔証拠略〕を総合すると次の各事実が認められる。

(一)  本件事務現場は、平坦直線状のアスフアルト舗装路(幅員八・四メートル。車歩道の区別有り。)に設置された幅六メートルの横断歩道上であり交通整理は行われていない。右横断歩道の西端から西方(被告車の進行して来た方向)へ約四メートルの路面に停止線が存する。また、右横断歩道の範囲は、その路面標識によつて明確にされていて、通行車両の方からも、横断歩行者の方からも、見通しは良好である。本件事故当時本件事故現場附近の車両および通行人の交通量は少なかつた。

(二)  原告は、本件事故直前右横断歩道を北から南へ横断すべく、右横断歩道と歩道とが接し、かつ、右横断歩道の幅員中央部分附近に立止まり、先ず右方(被告車の進来方向)を見、次いで左方を見て車両の交通状況を確認した。右方を見た時約三〇メートル離れた地点に原告の方へ進来して来る被告車を、左方を見た時二台位の車両の進来を、それぞれ認めたが、横断可能と判断し普通の歩速で横断を開始し、右佇立地点から右横断歩道上へ約一・五メートル進行した所で本件事故に遭遇したものである。なお、原告は、右横断開始時被告車が自分の所から約一五メートルの地点に接近して来たのを認めたが、被告車の方で徐行してくれるものと信じ横断を始めたが、被告車の方は徐行も一時停止もせず、同一速度(時速約五〇キロメートル。当事者間に争いがない)で進行し、本件事故を発生させたものである。

2  右認定に反する被告村中本人の供述部分は前掲各証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3  右認定にかかる本件事故現場附近の本件事故当時における客観的状況、原告の本件事故にいたるまでの経緯等に照らせば、本件事故発生に原告の過失が寄与しているとは認め難い。被告等は被告車が約一〇メートルの地点に接近しているのに原告の方でその安全を確認せず本件横断を開始した旨主張するが、前記認定にかかる本件事故現場附近の道路状況、特に本件横断歩道の直前に停止線が設置されている点、本件横断歩道の路面標識が明確である点および横断開始前の原告の態度、特に原告が横断歩道端に停止して左右を見ている点、等からすれば、右横断歩道の中央部分を普通の歩速で横断を開始した原告が被告車を信頼し徐行あるいは一時停止を期待したのは客観的に見て相当であり、この点に関する被告等の主張は理由がないというべきである。

4  よつて、被告等の過失相殺の抗弁は、結局理由がなく採用の限りではない。

五  損害の填補について

1  原告が本件事故後自賠責保険金三一万円を受領したことは当事者間に争いがない。

2  原告が本件事故後右金三一万円のほか自賠責保険金一六万七六三四円を受領したことは原告の自認するところであるし、〔証拠略〕によつても原告が右金一六万七六三四円を傷害分として受領していることが認められる。

3  よつて、原告が本件事故後受領した自賠責保険金の合計は金四七万七六三四円となり、右受領金は本件損害の填補として原告の本件損害総額金九六万〇三二六円から控除されるべきである。右控除後の本件損害額は金四八万二六九二円となる。

六  弁護士費用について

〔証拠略〕を総合すると、原告は被告等において本件の損害を任意に履行しないため弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任し、その際相当額の弁護士費用を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟追行の難易度、その経緯、前記請求認容額等に照らし、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用は金五万円と認めるのが相当である。

七  結論

1  叙上の認定から、被告等は、原告に対し各自本件損害金五三万二六九二円およびこれに対する弁護士費用金五万円を除いた内金四八万二六九二円につき本件事故の日の翌日であることが当事者間に争いのない昭和四四年八月九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う責任があるというべきである。

2  以上の次第で、原告の本訴請求は右認定の限度で理由があるからその範囲内でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助)

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